目次
○毛母細胞とは
毛母細胞は、名の通り毛を作る細胞である。
毛の根本付近(毛母体)で絶えず分裂しており、毛母細胞がケラチンを蓄積して角質化したものが毛の正体である。皮膚の角化細胞と同様に、毛母細胞も上皮細胞の一種である。角化については、角化細胞を参照
毛母体に存在するメラニン細胞からメラニン色素を受け取ることで、黒い髪を作り出している。
○毛包と毛母体
毛の本体とその周囲の構造をまとめて、毛包と呼ぶ。根本が膨らんだ構造をとっており、そこを毛乳頭という。
毛乳頭には毛細血管が通っており、物質の交換を行う。毛乳頭の周囲に位置する毛母体とよばれる構造において、毛母細胞は盛んに分裂している。
毛は二層の鞘に覆われた構造を持ち、これを外毛鞘、内毛鞘という。外毛鞘はそのまま皮膚につながっている。
そのほか、毛包は毛を立たせる立毛筋、皮脂を分泌する皮脂腺、外毛鞘に存在して幹細胞に富むバルジという構造を含む。
図1 毛包
○毛の構造
毛の太さは一般に0.1㎜程度であり、構成物質の90%以上がケラチンである。
ケラチンは毛母細胞が産生するタンパク質であり、システインからのジスルフィドに富んでいるため、非常に固い。残りの10%は水で、しなやかさを決定する。
毛の最内側は髄質、外側を皮質という。皮質はメラニンを大量に含んだ紡錘型の細胞が多く、髄質はそれよりも大きくてメラニンの少ない球形の細胞が見られる。髪の性質は皮質が決定する。
皮質のさらに外側にはクチクラ層が発達しており、髪の強度をさらに高めている。
図 毛の構造 https://nanoil.us/blog/post/hair-anatomy-part-2-hair-shaft-structure より
Hair medulla:髄質 Hair cortex:皮質 Cuticle:クチクラ
クチクラを構成するタンパク質もまた、ケラチンである。
クチクラは内毛根鞘細胞がメラニンを獲得せずに角化した無色の層で、5,6層の鱗状構造をとる。鱗の表面はMEA(18-メチルエイコサン酸)と呼ばれる脂質が覆っており、ツヤや手触りを決定する。
〇抗がん剤と脱毛
毛母細胞は体内でもっとも細胞分裂が速い細胞の一つである。抗がん剤の多くは早く分裂するがん細胞を殺すために、「細胞分裂」を阻害する成分を含んでいる。
がん細胞特異的に効果を示すように工夫(ドラッグデリバリーシステム)はなされているものの、完全に選択的に作用させることは不可能であるため、抗がん剤=化学療法は毛母細胞の分裂も抑制してしまい、脱毛の副作用が起こる。例えば、紡錘体の微小管を安定化して分裂を抑制するドセタキセル・パクリタキセルを使用した場合、9割以上の患者に脱毛が見られる。
一般的な抗がん剤とは異なり、がん細胞特異的に発現するタンパク質を標的として作用を示す薬剤を「分子標的薬」という。分子標的薬の場合は、毛母細胞には作用しない為、脱毛の副作用は起こりにくい。例えば、一部の乳がんに発現するHER2を標的とするラパチニブでは、脱毛はほとんど報告されていない。
〇髪と栄養の関係
脱毛と食物の関係に関して、世界中で研究が行われている。その一部を示す。
亜鉛
脱毛症の患者の血液を調べると、亜鉛イオンの濃度が通常に比べて優位に低いことが報告されている。また興味深いことに、亜鉛を経口投与すると脱毛の症状が回復したという臨床結果が存在する。亜鉛は体内でシグナル伝達や各種代謝経路など体内様々な機能を果たしているが、詳細な原因は明らかになっていない。
鉄
鉄の不足(鉄欠乏症)は脱毛の原因となることが知られており、特に野菜のみを食するビーガンで見られる。鉄イオンの不足がどうして脱毛の原因となるのかははっきりとわかっていないが、鉄イオンはDNA合成に必要であるため、分裂の早い毛母細胞のDNA複製を抑制しているのではないかという仮説が立てられている。ただし、育毛のために鉄を過剰に摂取することは推奨されていない。
ビタミンB3(ナイアシン)
バナナやパプリカに含まれるビタミンB3 の不足(ペラグラ)は、皮膚炎や下痢、そして脱毛の原因となると報告される。かつてはトウモロコシを主食とする地域で見られたが、現代のビタミンB3の不足の患者は多くの場合アルコール依存症を患っており、全体的に栄養失調気味である。
○発毛サイクルとミノキシジル
人間は髪を切りに理髪店や美容室へ足を運ぶが、そんなことをしなくとも、髪は5年程度で生え変わるサイクルを持つ。まず4年程度の成長期で伸びた後、退行期に毛母基が消滅し、休止期に新たな毛に押し出されるようにして脱毛する。健康な人でも一日100本程度は脱毛している。
壮年性脱毛症は、成長期が短くなって退行期が早く来ることにより、毛が十分伸び切らない内に抜けてしまい、薄毛となる疾患である。その薬として開発されたのが、「発毛の医薬品はリアップだけ」のCMでおなじみだった、ミノキシジルである。
医療用医薬品を経ずに一般に上市された、日本初のダイレクトOTC薬であるミノキシジルは、毛包を成長させる働きを持つと同時に、毛母細胞の分裂を促進して伸長速度を高める作用を持つ。ミノキシジルの作用機序は、平滑筋の弛緩とそれによる毛細血管の血流増加であると言われている。経口投与のため全身に作用するはずだが、なぜか髪によく効く。
○髪色
ヒトの髪の色は、大まかに黒・栗(茶)・金・赤の四色である。
黒髪は東アジアやアフリカ、南アジア、中東、太平洋諸島などに多く見られ、大量の黒いユーメラニンが含まれている。栗毛は地中海沿岸に多く、ユーメラニンを主とするが、赤褐色のフェオメラニンも含む。金髪は白人の間でも少なくて、全世界の1~2%である。フェオメラニンが多い。最後の赤髪は極端に珍しく、スコットランド・アイルランドに見られる。ほとんどがフェオメラニンである。
遺伝的には、フェオメラニン・ユーメラニンの生成にかかわる遺伝子が重要である。基本的にはユーメラニンが多い遺伝子、すなわち黒・栗が優性な形質を持つ。
○参考文献
・Diet and hair loss: effects of nutrient deficiency and supplement use (Dermatol Pract Concept. 2017)

2019年3月薬学修士。現在は博士課程の駆け出し研究者です。
細胞生物学を専門分野として、3年以上研究を続けています。
図は青でDNA,緑で紡錘体(微小管)を免疫染色した画像です。
よろしくお願いします。