β細胞
Beta cell
β細胞
β細胞は、膵臓のランゲルハンス島の中心部にあってインスリンを分泌する細胞である。インスリンは骨格筋や脂肪細胞におけるグルコースの取り込みを促進し、また肝臓のグルコース産生を阻害することによって血糖値を下げるように働く唯一のホルモンであり、その異常は糖尿病の原因となる。
図 イヌのランゲルハンス細胞(日本語版Wikipediaより)
外側の円状の構造体は腺房細胞と呼ばれ、消化酵素を分泌している。腺房細胞に囲まれた図中央部の細胞群を、ランゲルハンス島という。
ランゲルハンス島にはβ細胞のほか、グルカゴンを分泌するα細胞、ソマトスタチンを分泌するδ細胞、グレリンを分泌するε細胞、膵ポリペプチドを分泌するPP細胞が含まれる。ランゲルハンス島の直径は100µm程度であり、膵臓に100万個近く存在すると考えられている。
β細胞の分化
受精後20日で出産に至るマウスでは、胎生10日頃に膵臓の形成が始まるが、膵島(ランゲルハンス島)が生じるのは誕生直前の胎生18.5日頃である。ランゲルハンス島を構成する内分泌細胞(α、β、δ)は胎生10日頃にすでに形成されてホルモンを分泌しており、18.5日までに集積して島を形成する。
いずれの内分泌細胞も内分泌前駆細胞から分化する。分化に重要な転写因子にはPax4が知られており、Pax4が不活化しているとα細胞に、Pax4が活性化した場合はβ細胞かδ細胞に分化する。α細胞にPax4を発現させるとβ細胞に変化することから、糖尿病治療への応用可能性が期待されている。
インスリンとは
β細胞が分泌するインスリンは、21アミノ酸残基から成るA鎖と30残基のB鎖がジスルフィド結合でつながったペプチドホルモンである。粗面小胞体で翻訳され(プレプロインスリン)、シグナルペプチドの切断とジスルフィド結合の形成を経てプロインスリンとなる。プロインスリンはゴルジ体へと小胞輸送され、プロテアーゼに切断されてA・B鎖の二本のペプチド鎖に分離(インスリン)し、分泌小胞に送られる。
図 プロインスリンからのインスリンの形成(Wikimedia commonsより)
一本の鎖であるプロインスリンは切断され、黄緑のα鎖、橙色のβ鎖から成るインスリンが形成される。
受容体はチロシンキナーゼ共役型と呼ばれる種類に属する。インスリンを受容すると受容体の自己リン酸化が起こり、IRS1のリン酸化、PI3Kの活性化、PKB(Protein kinase B)の活性化、とシグナルが伝わっていく。
活性化されたPKBはGLUT4というグルコーストランスポータを細胞膜上に引き寄せて、細胞のグルコースの取り込みを促進する。また、PKBはグリコーゲン合成酵素GSを阻害するGSK3をリン酸化、抑制することでグリコーゲン合成を促進したり、糖新生を促進する転写因子FOXO1を核外に移行させたりする作用も知られている。
インスリン分泌制御
β細胞はその細胞膜上に血糖値に比例したグルコースを細胞内に取りこむトランスポーター「GLUT2」を発現しており、代謝よってATPを合成する。血糖値が高いときはグルコースの取り込みが増えることで細胞内ATPの濃度が上昇し、それを検知したカリウムチャネル(KATP)が閉じることで脱分極が起こる。
脱分極を切っ掛けに細胞膜上の電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)が開いて細胞内カルシウム濃度が上昇し、インスリンを含む分泌顆粒が分泌される。
図 インスリン分泌制御(スペイン語版Wikipediaより)
GLUT2を介して取り込まれたグルコースを用いてATPを産生し、ATPがカリウムチャネルを閉じることで脱分極が発生する。すると脱分極を検知してカルシウムチャネルが開き、細胞内に流入したカルシウムイオンの刺激でインスリンが分泌される。
糖尿病治療薬のうち、スルフォニル尿素薬やグリニド薬はKATPを遮断することでインスリンの分泌を促進する。インスリンの分泌が高くなりすぎて、低血糖になるリスクもある。
また、食事に反応して小腸のK細胞・L細胞から分泌されるインクレチン(GIP, GLP-1)にも、インスリン分泌を促進する働きがある。これを利用して、GLP-1受容体作動薬は糖尿病の治療薬として用いられている。
糖尿病
Ⅰ型糖尿病
ウイルスの感染等を切っ掛けに、自己免疫によってβ細胞が壊されることによって生じる糖尿病をⅠ型糖尿病といい、全体の5%を占める。
Ⅱ型糖尿病
Ⅱ型糖尿病は、肥満や生活習慣の異常、遺伝によって発症する糖尿病である。インスリン分泌不全とインスリン抵抗性が主な病因であり、前者は遺伝性、後者は脂肪細胞の増加による①脂肪酸分泌の増加、②アディポネクチン分泌の低下が原因と考えられている。
β細胞の再生
機能不全に陥ったβ細胞の代わりに、ESやiPSなどの幹細胞から分化させたβ細胞を体内に導入して再生できれば、糖尿病治療に役に立つと期待されている。2014年には、ヒト幹細胞から機能的なβ細胞を作成する方法がCell誌に初めて発表された。
関連:iPS細胞
2014年以前の研究では、幹細胞に適切な刺激を加えて内胚葉細胞・膵前駆細胞へと分化させたのち、内分泌細胞のマーカーであるPDX1を発現している細胞をマウスに移植すると、数か月後にその中の一部がインスリン分泌細胞に分化することが知られていた(2008)。本研究では、PDX1を発現する細胞に150種類の薬剤、70種の組み合わせの刺激を片っ端から試すことで、β細胞へとin vitro(生体外)で分化させる方法を発見している。
2016年には同グループがⅠ型糖尿病患者の細胞からもβ細胞を再生できることを示している。現在も世界中の研究者がβ細胞の再生をテーマに研究を続けており、糖尿病が遠くない将来に根本治療される可能性が期待される。
参考文献
膵β細胞におけるVAMPファミリータンパク質の機能 「生化学」第89巻2号(2017)
インスリンシグナルにおける転写因子FoxO1の役割 「生化学」第79巻8号(2007)
膵β細胞の発生・分化 「糖尿病」 43巻 3 (2000)
Generation of functional human pancreatic β cells in vitro, Cell, 2014

2019年3月薬学修士。現在は博士課程の駆け出し研究者です。
細胞生物学を専門分野として、3年以上研究を続けています。
図は青でDNA,緑で紡錘体(微小管)を免疫染色した画像です。
よろしくお願いします。