神経幹細胞は、神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへ分化する能力を持った幹細胞である。発生に際してそのほとんどは死滅するが、一部は海馬や側脳室に生き残り、分化を続けている。
発生段階においては、まず神経幹細胞の自己複製が続いて数を増やし、次いで神経細胞が分化し、最後にグリア細胞(アストロサイト・オリゴデンドロサイト)が分化する。
○bHLH型転写因子
神経幹細胞の分化には、bHLH型の転写因子の働きが重要である。bHLHはbasic Helix Loop Helix ドメインでDNAと結合する分子の名称であり、神経幹細胞の分化においてはAscl1、Olig2、Hes1という3つの因子が主な役割を果たしている。
Ascl1は神経細胞、Hes1はアストロサイト、Olig2はオリゴデンドロサイトへの分化を誘導する転写因子であるが、未分化状態においてはいずれの発現量も周期的に振動している。分化が誘導する刺激を受けた細胞では発現や分解に変化が生じ、結果として一つの因子の蓄積が起こり、分化することとなる。
細胞内で十分に蓄積するとbHLHドメインが二量体を形成し、DNAに結合するようになる。例えばAscl1は”E box”と呼ばれるDNA配列に結合し、下流に位置する神経細胞への分化を誘導する遺伝子の発現を上昇させる。
中枢神経における分化の大まかな方針を決める上記3因子のほか、末梢神経における運動神経 or 感覚神経 等の複雑な分化にも、bHLH型転写因子が重要な役割を果たしている。
○Notch経路
Notchは、神経幹細胞の維持に重要な膜貫通タンパク質である。神経幹細胞の細胞膜上に発現し、隣接する細胞の膜タンパク質であるDeltaやJaggedのリガンドとして働く。Notchがリガンドと結合すると、細胞内部分(NICD)が切り出されて転写因子となる。NICDはDNAに結合し、神経幹細胞の分化を抑制し、幹細胞を維持するような遺伝子の転写を促進する。
図2 Notchシグナル 脳科学辞典
○成体神経幹細胞
神経幹細胞の多くは発生段階で消失し、成体にはほとんど見られない。これは、各々の神経幹細胞には自己複製の回数制限があるためと考えられている。成体海馬や即脳室でわずかに見られる神経幹細胞は、p57というタンパク質が発現して分裂を抑えているために生存できる。
老齢マウスからp57をノックアウトすると神経幹細胞の分裂が開始され、神経新生が始まることが報告されている。人間に応用することで、老齢になってからの脳機能の復活を目指せないだろうかと、期待されている。
〇関連項目
○参考
・脳科学辞典
神経幹細胞
Notch
bHLH型転写因子
・京都大学 プレスリリース
・Oscillatory control of factors determining multipotency and fate in mouse neural progenitors Imayoshi et al., 2013 Science
・東大薬 分子生物学教室 研究紹介

2019年3月薬学修士。現在は博士課程の駆け出し研究者です。
細胞生物学を専門分野として、3年以上研究を続けています。
図は青でDNA,緑で紡錘体(微小管)を免疫染色した画像です。
よろしくお願いします。