ヒトの全細胞

200種類あると言われる人の細胞を、一つ一つ、全てまとめるつもりです。
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カテゴリ: 培養細胞

iPS細胞
(Induced pluripotent stem cell)


iPS細胞とは

 iPS細胞は、複数の遺伝子を発現させることによって多様な分化能力(分化多能性)と無制限の自己複製能を獲得させた、体細胞由来の幹細胞である

京都大学の山中伸弥教授らによって2006年にマウス、2007年にヒト細胞から樹立され、2012年にノーベル医学・生理学賞が授与された。正式な日本語名称は人工多能性幹細胞という。「iPS」の名前はiPodのように普及してほしい、との願いから付けられている。

iPS
図 iPS細胞 (Cell, 2006)
 山中教授のグループによってはじめて報告されたiPS細胞のクローンの画像

ES細胞の問題点

iPS細胞の開発以前、分化多能性を持つ人工的な幹細胞としてES細胞が作られており、1998年に作製されたヒト由来のES細胞が治療に用いられることが期待されていた。


しかしながら、①ヒト受精卵から樹立することへの倫理的問題②移植された人の免疫がES細胞を攻撃してしまう移植拒絶反応の問題が存在し、治療応用は困難であった。患者本人の体細胞から幹細胞を樹立する技術が求められていた

ローマ
図 ES細胞への批判の例 : AFPの記事(2008年12月12日付)

iPS細胞の樹立


1990年代前半から、薬剤によってES細胞と融合した体細胞が多能性を獲得することが知られており、ES細胞の細胞質中に多能性獲得を誘導するタンパク質が含まれることが示唆されていた。


そこで、山中教授らはES細胞中に特徴的に発現する24の遺伝子を選択し、レトロウイルスを用いて体細胞(MEF細胞、マウス胎児線維芽細胞)に導入し、ES細胞特異的な転写因子を発現するようになるかを網羅的に調査した。


具体的な方法としては、ES細胞特異的な転写因子Fbx15の代わりに薬剤G418への耐性遺伝子を付けて、G418処理で生存する細胞(クローン)数を計測している。


24遺伝子の中から1つずつを導入してもES細胞状に変化することはなかったが、24遺伝子全てを同時に導入した体細胞はES細胞様に変化した。導入する遺伝子の数を徐々に減らし、ES細胞状への変化に必要なタンパク質を絞り込むことにより、最終的に4つの遺伝子がES細胞様への変化に必要だということが明らかになった。

この時明らかになった4遺伝子,[c-Myc, Kif4, *Oct3/4, Sox2]は山中4因子と呼ばれている。 後の研究では、山中4因子のほか、複数の組み合わせでのiPS細胞の樹立が可能であることなどが確かめられている。


*Oct3/4:1991年にOct3と名付けられ、同じ遺伝子が一か月後にOct4と名付けられたため、併記されている転写因子。一種類の遺伝子であり、ただ"Oct4"と表記されることも多い。



山中教授らは変化した体細胞をiPS細胞と名付け、ES細胞同様の多能性があることを明らかにした。マウスへの導入の翌年には、同様の手法を用いてヒト成人の真皮の線維芽細胞を用いたヒトiPS細胞の樹立に成功した。6歳から81歳まで様々な年齢のヒトからiPS細胞の作製に成功している。

iPS細胞の利用

再生医療

iPS細胞の応用技術として、iPS細胞から分化させた健康な細胞を体内に移植することで疾患を治療しようという、再生医療が期待されている。これまでにiPS細胞からは内胚葉・中胚葉・外胚葉(神経細胞など)由来の細胞のいずれにも分化できることが明らかとなっている。


またiPS細胞からは腎臓・肝臓・脳・腸などのミニチュア臓器(オルガノイド)を作製できることが報告されている。2016年にはマウスiPS細胞から毛包を含む皮膚オルガノイドが作製され、2019年には、発生過程を再現することで肝臓・胆管・膵臓の三つをまとめて作製できることが報告されるなど、現在も日進月歩研究が進んでいる。



図 マウス皮膚に移植したiPS細胞由来の皮膚(緑)から生えた毛
 アデランスの研究開発 ホームページより


再生医療の治験はこれまでに加齢黄斑変性やパーキンソン病、心臓病、再生不良性貧血(血小板)の患者で実施されている。

創薬

iPS細胞は再生医療のほか、創薬にも応用されている。遺伝性の疾患をもつ患者の細胞から作製したiPS細胞を用いて、治療効果を持つ薬剤の探索が行われている。


例えば2020年6月には、家族性アルツハイマー病患者のiPS細胞を用いて効果が発見された薬剤の治験が始まった。研究に用いられた患者はプレセネリンという遺伝子に変異を持ち、アルツハイマーの原因物質であるアミロイドβが増えている状態にある。


既存のアミロイドβ低減薬は副作用の問題や認知症治療効果が現れなかったといった理由で実用化に至っていないが、すでに安全性が確認されているパーキンソン病の既存薬剤がアミロイドβを低減させることがiPS細胞の研究から判明し、アルツハイマー病の有効な治療薬となることが期待されている。

参考文献

Induction of Pluripotent Stem Cells from Mouse Embryonic and Adult Fibroblast Cultures by Defined Factors (Cell, 2006)

Induction of Pluripotent Stem Cells from Adult Human Fibroblasts by Defined Factors (Cell, 2007)


Modelling human hepato-biliary-pancreatic organogenesis from the foregut–midgut boundary (Nature, 2019)

HeLa細胞
(HeLa cell)

○HeLa細胞とは


HeLa細胞は、ヘンリエッタ=ラックスという黒人女性の子宮頸癌を由来とする細胞株である。1951年に確立されたHeLa細胞はヒト培養細胞の中で最も長い歴史を持ち、分裂の速さや環境変化に対する生存力の強さ、付着細胞であることが培養を容易にしているため、現在でも多くの研究室でin vitroモデルとして用いられている。

HeLa

図1 HeLa細胞
 DNAをHoechestという色素によって染色したもの。左側の細胞は分裂期に入っている。




○不死化


通常のヒト細胞を組織から分離してシャーレ上で培養しようとする場合、何回かは分裂を繰り返すが、ある回数以上は分裂することができない。これをヘイフリック限界と言い、ヘイフリック限界を無視して無限に分裂を繰り返す細胞を,不死化した細胞、と呼ぶ。

ヘイフリック限界の分子的原因はテロメア短縮である。細胞周期を一周するごとにDNAは二倍に複製されるが、その両端を完全に複製することは不可能であり、DNAの両端に存在する「テロメア」という遺伝情報の乗らない繰り返し配列(TTAGGG)が分裂ごとに短くなっていく。テロメアは分裂カウンターの役割を果たすと言われ、5kbを切ると分裂周期は止まってしまう。ガン細胞などの不死化した細胞はテロメアを延長するテロメラーゼという酵素を多く発現しているため、ヘイフリック限界を回避できることが知られている。

○ヒトパピローマウイルス


HeLa細胞の場合、ヒトパピローマウイルス(HPV)が子宮頚部に感染したことが不死化の原因であるとされる。HPVは二本鎖のDNAウイルスであって、複数のタンパク質をコードする(Open reading frame)配列を持つ。その中に位置するE6,E7と呼ばれるたんぱく質が不死化の原因になったと考えられており、それぞれp53,pRBの働きを阻害する。p53はDNA損傷や環境変化に応答して修復やアポトーシスを誘導するタンパク質であり、pRBはS期に進行させる転写因子E2Fと結合して抑制する働きを持つ。p53,pRBは共に著名ながん抑制遺伝子である。

さらにp53はテロメラーゼの発現を抑えることが報告(Xu, et.al, 2000)されており、結果としてE6はテロメラーゼの発現増強の原因の一つにもなっていると考えられる。

なお、長い歴史の中ですでにパピローマウイルスのDNAはHeLa細胞のゲノムに挿入されており、HeLa細胞を扱ってもウイルスに感染する心配はない。

○HeLa細胞の異数性

通常、細胞は1-22番の常染色体を2本ずつと性染色体2本で、合計46本(2n)の染色体をもつ。しかしながら、HeLa細胞は異数性であり、それより多くの染色体をもっていることがしられている。

下の図は2006年に発表されたHeLa細胞の染色体の様子であるが、全ての染色体が異常に多いことがわかる。染色体の本数は細胞ごとに異なり、平均して82本程度になっている。


HeLa karyotype
図2 HeLa細胞の染色体数は異常である。
Smirnov et al., 2006 より


○HeLa細胞の培養


HeLa細胞は付着細胞であり、シャーレ(ディッシュ)の上で育てることができる。分裂はおよそ24時間に一回であり、シャーレ上を細胞が埋め尽くした状態を(100%)コンフルエントという。例えば今50%コンフルエントであれば、100%コンフルになるのは明日、と考えられる。HeLa細胞に限らず、コンフルエントに至ってしまった培養細胞は形質が変化することが経験的に知られているため、そうなる前に数を調整する必要がある。

シャーレに付着した細胞をトリプシン処理によって剥がし、数を減らして別の新しいシャーレに撒きなおす作業を「継代」と呼ぶ。継代もまた数をこなすごとに細胞の形質が変化するので、その回数を記録したり、継代回数の少ない細胞を冷凍保存しておく必要がある。

培地はE-MEM(最小必須培地)と呼ばれる液体にウシ胎児血清(FBS)を加えたものが用いられる。一般的に血清を加えないと細胞は分裂しないことが知られているが、その原因物質は成長因子であると推測されるが、特定はされていない。ただし、HeLa細胞はFBS無しでも分裂することができるともいう。

○まとめ

  • HeLa細胞は、60年前に確立された最古のヒト培養細胞

  • 黒人女性ヘンリエッタ=ラックスの子宮頸がん細胞が由来

  • パピローマウイルスの影響で不死化



〇参考文献

・<総説>ヒトの老化・ガンとテロメラーゼ 井出利憲・田原栄俊

・Downregulation of telomerase reverse transcriptase mRNA expression by wild type p53 in human tumor cells.
Xu,D et al  oncogene, 2000

・HeLa 商品詳細
http://www.saibou.jp/service/kensaku/detail.php?catalogno=EC93021013-F0

・細胞培養講座「血清はなぜ必要?」
http://www.saibou.jp/service/know07.php

・Wikipedia
テロメア
HeLa細胞
ヒトパピローマウイルス

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